解放軍
今日は長男の9回目の誕生日だ。それなりに何かしなければと、きのう嫁さんと話をしていた。その時、話題になり気が付いた。私は9年間の結婚生活の内、トータルで半分近く働いていないのだ。前回退職した後2年半、今現在1年半、計4年に渡り仕事をしていない。よく生活していると思う。▼私は働き盛りの20代後半、そして30代中盤をのんべんだらりと過ごさせてたもらっている。しかもそれを、不謹慎にもおもしろいと思っている。良いか悪いかは別として、人よりおもしろい道を歩いていると思っている。▼皆様におかれましては、大概にしろ!と、お思いになられますのでしょうが、まったく懲りていない。ましてや、働いていない分、擦り切れていない、疲れ切っていない。そう考えると40代が少しだけ楽しみになってくる。かなりたちの悪い寄生人だ。▼言葉について、おもしろい詩を見つけたので、今日もお得意の引用に走る。
『言葉の奴隷』
「言葉」は魔法の杖である
昨日の食事のこと
数十年後の年金のこと
亡くなった祖母のこと
まだ見ぬ宇宙人のこと
「今、ここ」には存在しないものを、脳裏に呼び寄せることができる
人間は、そんな便利な「道具」を手に入れたことで
過去も未来も手にし
地球を支配する存在となった
しかし、はじめは便利であったはずの道具が一人歩きを始め
人間の脳を少しずつ浸食していることに
気付いている者は、少ない
過去を嘆き、未来に絶望し
命を捨てるものは
決して、自ら死んだのではない
「言葉」によって殺されたのだ
言葉という魔法で築かれた幻に踊らされ
命を刈り取られたのだ
神はそのことを憂い
災いや病を起こし
言葉に操られるのではなく
「今・ここ」の大切さを気付かせようとするが
愚かな人間は
幻でしかない「より確固たる未来」を目指し
自ら望んで言葉に操られ続けるのである
人間は言葉の奴隷となった
その支配から抜け出すための「言葉」を
人間は手に入れることができるのだろうか
まず、私は私の奴隷であることをやめよう。北軍として、南北戦争を戦おう。その後には911でも待っているのだろうか。それが理(ことわり)なら、天の神様のいうとおり。▼今日は梅雨明けでしょうか。この暑さの中、松戸の橋本先生夫妻が訪問してくださいました。玄関先でのご挨拶となりましたが、遠いところを感謝です。最後に私たちのためにお祈りくださいました。祈ってくださる方がいます。ありがたいことです。