クラッシック

N0WHereNowhere2005-09-21



JR中央線中野駅。北口のサンモール商店街100メートルほど入ったところに絨毯屋がある。そこを左に細い路地を入ると道の左側に、まるで売れない場末のスナックのように、遠慮深げな黄色い看板が出ている。中野の名店・喫茶クラッシクだ。私が日本一好きな喫茶店だ。▼ところがこの店が今年1月いっぱいをもって閉店していたことを知った。初めて行ったのは1988年の初秋だった。早稲田の先輩に連れて行ってもらった。以来、事あるごとに店を訪れている。▼メニューは3つしかない。コーヒー、紅茶、オレンジジュース。入口にレジがあり、先払い。そこでプラスチックの札をもらう。裏返すと、どう見ても小学校に入りたての子どもが使う50音の下敷き。それを小さく刻み使っている。▼席に着く。店は1階と2階に分かれている。私は2階に上がった左側の通路のバルコニー側の席に、階段に背を向けて座るが好きだった。階下の席を望み、目線の先には無数の真空管。この真空管が店内のクラッシク音楽の大音響を支えていた。▼水も何も一向に出てこない。水は注文した品と同時に来る。私はいつもコーヒーを頂いていた。水が入っている分厚いガラスの小ぶりなコップ。覚えのある手ごたえ。コップの裏には「大関」と刻印されている。カップ酒か。▼コーヒーにミルクを入れる。白いふたのような入れ物にミルクが入っている。ミルクを注ぎ終えると内側にネジ目が現れる。ふたの裏をみると「キッチンハイター」。▼私の好きな席。椅子には足が2本しかない。後ろの2本がない。壁に取り付けられている。よく見ると壁際の席は皆通路側を向いて座るようになっている。▼冬はとてつもなく冷える。1階の真ん中に石油ストーブがあるが、効かない。コートは脱げない。夏は暑すぎて、残暑が止むまで店を閉める。壁には穴があいていて、いきなり猫が飛び込んでくる。不思議な空間だった。▼「蒼ざめた馬をみよ」「さらばモスクワ愚連隊」「内灘夫人」「かもめのジョナサン」。私は高校生の頃、五木寛之(本名 松延寛之)がとてつもなく好きだった。まだ人生論や宗教論を垂れる前の五木寛之だ。五木は私の父と同じ昭和7年の生まれ、今年73歳になる。この店は五木が早稲田の露文に在籍していた頃に入り浸っていたという。それほどの時間を風雪に耐えて来たのだ。▼店主の爺様はストーブの前で、よく常連客とスコッチをうまそうに口にしていた。閉店は9時。娘が鐘を鳴らし、閉店ですと店内を巡る。カラン、カラン、カラン。爺様が亡くなった後、店を引き継いだその娘も急逝してしまった。遺言も無く、相続者も無いまま、喫茶クラッシクは国に接収された。▼また行きたいという心の名店がある。こちらは勝手にいつでもいけるだろうと踏んでいる。ところが、こちらの勝手で世の中は回っていないのだ。本当に行きたいと思ったら行くことだ。そして最後かもしれないと噛みしめることだ。最後になるのはあちらの都合かもしれないし、こちらの都合かもしれない。そんな都合さえ、私たちは自分で決められない。

かもめのジョナサン (新潮文庫 ハ 9-1)

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