独立

N0WHereNowhere2006-02-22


1990年代の10年間、早稲田大学慶応義塾大学の後塵を拝してきた。そこにひとりの男が現れる。関昭太郎。証券会社の社長まで務めた人だ。▼早稲田の場合、もともとお金はあった。しかし、その使われ方たるや惨憺たるもの、無駄の嵐だった。▼早稲田の校歌にあるとおり、建学以来「進取の精神」「学の独立」はこの大学の気風だった。ところが、このままでは「進取の精神」は廃れ、「学の独立」さえ危うい状況に陥った。▼そこで関は唱えた。


『財の独立なくして、学の独立なし』


と。電気のスイッチをまめに切るところから始まった改革。その後早稲田は息を吹き返し、今日の姿がある。▼物言えども唇寒しではダメなのである。物を言うにはメシを喰え。と、いったところだろうか。▼この一年私塾やNPOや様々な組織の現場を見てきた。このまま行けば間違いなく「唇寒し」だ。この強烈な現場の風景が、今、私を財を知りたいという気持ちに向かわせている。▼なぜならば、私は無言になりたくないし、精神的独立を果たしていたいからである。▼しからば、現在の私は独立を果たしているか? 否である。