巡回

日比谷図書館は右隣にある。

岩手県湯田町奥羽山脈の只中に位置する小さな町だ。私は大学時代の夏の始まりをこの町で過ごしていた。▼早稲田大学児童文化研究会。名前ほどたいそうなものではない。要は人形劇をやっていた記憶がある。そういえば来年創部60周年か。▼人形を担いで急行八甲田に乗り込む。上野駅13番線ホーム。電車は暗闇を時間をかけて進む。まるで初産の産道をぬめりいでるように。そして初夏の朝が明けぬうちに、私たちはやっとの思いで東北の地に降り立つ。▼毎年やってくるその朝は、決まって、生まれたての赤ん坊のように、彼の地の新しい朝の空気を肺いっぱいに吸っていたのを覚えている。▼山あいの分校を巡る旅。私たちは代々この行事のことを「巡回」と呼んでいた。▼1988年。バブルが急速に膨らみ始めた頃、世の中にやっとCDといふものが出始めた。TSUTAYAなど影も形もなかった。人形劇のバック・グランド・ミュージックには、レコードを録音したカセットテープを使っていた。その音源を日比谷図書館で借り、選定していたのだ。▼分校を巡るうち生活綴り方運動の名残に出会う。それが「山びこ学校」につながり、卒論を書くことになり、NHK入局後の赴任先に至る。そして山形の本屋で出会った本の舞台は日比谷。▼随分いってないな。このパソコンに向かっているだけでも汗ばんでくる。そんな季節を迎えると、つい、「巡回に行かなくては」と思ってしまう。それが私の7月1日である。