「千の風になって」
最近クロ現を見る機会が多い。昨日は新井満氏が出演していた。▼1993年秋、私は山形は注蓮寺にいた。小説「月山」森敦のBS特集。そこではいつくばるようにFDをしていた。▼黄金の田んぼを背負って、新井さんが注蓮寺への石段を登ってくる。彼を捉えるカメラマンが階段を後ろ向きで上る。私はカメラマンのジーパンのベルト通しに左手人差し指を引っ掛け、倒れないように操る。同時に、中継車からインカムを通して出されるQをさばいていく。新井さんと注蓮寺の雰囲気を崩さぬよう、静かに右手を差し出して、彼にサインを送った。▼「私のお墓の前で 泣かないで下さい〜♪」売れてるみたいですよね。個人的には売れてる物が好きではないので今まで無視していました。▼しかし、昨日、クロ現を見て気持ちが動いた。▼VTRで母と三人の小さな娘が、この詞、曲から力を得ている姿を追っていた。彼女たちは39歳の父を事故で喪っていた。▼スタジオのモニターで見ていたのだろう。メガネを取り、白いハンカチでボロボロ出る涙をぬぐう新井さん。Vからスタジオに引き上げる際に、私の目に飛び込んでくる。▼泣かせようとする番組構成に引いていた私を一気に引き込んでいく。新井さんの不思議な魅力である。▼新井さんは「千の風になって」の英詩に出会った時、死生観が変わったという。▼意外だった。15年前のあの時も、新井さんは命に対し、慈愛の視線をそっと注がれていたから。▼中継後にゆったりとした時間があり、寺の入り口に腰掛け語らいの時をいただいた。この後は、長野五輪の総合プロデューサーとして忙しくなるんだ、そんな話をしていた。▼おととい、かつての長野五輪ゴールドメダリストの勇者が今も大活躍。ワールドカップ大倉山で銅メダルを取っていた。面白い。時は流れても、変わらぬ、色あせぬものがあるのだな。▼小説「月山」一冊1,400円也。山形市七日町商店街の八文字屋で買った本。小道具として番組内で使われていた。私は生中継の後、この本をいただいた。表紙の内側には筆ペンでいただいたサインがある。▼ 「尋ね人 尋ねあぐね 赤蜻蛉」 新井満 筆でしたためられた文字の下には、彼独自の番組の構成が薄く記されている。▼昭和63年。私が早稲田に入った最後の昭和年代の一年生。その同じ年に、新井さんは「尋ね人の時間」で芥川賞を受賞する。▼新井さんの深まり行く「生きる」ことへの意欲。それを支えるのは実は生ではなく生と裏返しの死であるという。まったく同感である。久しぶりに至福の30分間であった。
- 作者: 森敦
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- 作者: 新井満,佐竹美保
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